神戸地方裁判所 昭和53年(行ウ)30号 判決 1980年1月28日
原告
株式会社大阪相互銀行
右代表者
甘千松二
右訴訟代理人
松田光治
松田定周
被告
神戸地方法務局登記官
池田孝利
右指定代理人
小峰一郎
外五名
主文
別紙第一物件目録記載の建物につき原告が昭和五一年七月二六日受付第一七〇九三号にて神戸地方法務局に対してなした別紙第一登記申請事項について、被告が昭和五三年八月九日付でなした却下処分を取消す。
別紙第二物件目録記載の建物につき原告が昭和五一年七月二六日受付第一七〇九四号にて神戸地方法務局に対してなした別紙第二登記申請事項について、被告が昭和五三年八月九日付でなした却下処分を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実《省略》
理由
一請求原因1は、第一物件がもと三杉商店の所有であつた点を除き当事者間に争いがない。
請求原因2、4、6、7はいずれも当事者間に争いがない。
二原告のなした本件登記申請は、建物の表示に関する登記についてであるが、不動産登記法上、表示に関する登記は登記官が職権をもつてなすこともでき、又、当事者の申請による場合でも、登記官は実質的な調査を行なつて審査する権限を有しているのであるから(法二五条ノ二、四九条一〇号、五〇条)、本件判決を添付してなした本件登記申請が「判決による登記」(法二七条)にあたると解し得るとしても、登記官は、なお実質的な調査を行ない申請事項を審査することができるものというべきである。
そこで、以下被告のなした本件各処分の当否について考察する。<証拠>によれば、以下の各事実が認められる。
1 神戸国際港都建設事業生田地区復興土地区画整理事業施行者神戸市長は、第一物件の敷地である神戸市生田区元町通一丁目四八番地の二(175.40平方メートル)について、右土地区画整理事業施行のため、同区三宮元町二二街区七号(131.56平方メートル)に仮換地指定の処分をしたが、右仮換地は従前の土地より面積がやや狭く、位置がやや西側に寄つたが、いわゆる現地換地に近いものであつた。大津屋は、右仮換地指定に伴う第一物件の移転をしなかつたので、右神戸市長が直接移転工事をすることになつた。
2 第一物件は登記簿上二棟二個の建物として登記されていたが、その当時の実態は一棟一個の建物(木造一部二階建)であつて、これを三部分に区分して店舗(一部住宅)として他に貸与されていた。そこで右神戸市長は、仮換地が従前の土地より縮少されたのに伴い、第一物件を縮少して移転する必要があつたが、右のとおり三分して使用されている実状を考慮して、右三者に対する使用上の公平から、移転後も三部分に区分して面積を従前の面積にほぼ按分し、同一の利用条件と同一の形態を保つて縮少するとの方針を定め、そのため、曳行移転したうえで一部を除去するとの工法は採用せず、解体移転の工法を採用した。
3 右移転工事の方法としては、構造材料は原則として解体材を使用し、一部に補足材を使用したが、補足材の全材料に対する割合は一ないし二割弱であり、その使用材料は従来使用していたものと材質、寸法ともに同等のものであり、その使用も、解体材が腐朽しているためこれをそのまま使用するのが危険と認められる場合とか、再使用の不可能な場合等で補足材を使用しなければならない場合に限り、又、その使用個所は、土台の一部、柱の一部の根本に補足材を使用したほか、敷居、鴨居、屋根を葺く鋼板に新材料を使用した。なお、基礎下工事は従前のものを取りこわし、新規にこれを施行した。
4 右工事によつて第一物件は解体されて、第二物件が建築された。その面積は、従前の209.42平方メートルが168.01平方メートルと若干減少したが、従前の三区分はそれぞれ各区分に従つてほぼ按分されたものであつた。
間取りにおいても、面積の減少に伴い各部分がやや縮少されたのみでほぼ従来どおり(但し二階は部屋の位置が変更されている)であり、前記三区分の各部分の形態及び利用条件はほぼ従前のとおりであつた。
全体としての形態は、従来の建物を縮少したと把握されるものとなっている。
このように、土地区画整理事業の施行による仮換地指定がなされ、従前の土地に存した建物を仮換地上に移築する目的で取りこわし、いわゆる解体移転がなされた場合において、従前の建物の材料の大部分を使用して仮換地上に同一種類、構造物を建築し、その面積及び外観にそれほどの変動がないときは、従前の建物と移築後の建物との同一性は失われないものと解すべきであり、本件においては、右認定のとおり、従前の建物の材料の大部分を使用し、木造一部二階建店舗兼居宅という同一種類、構造の建物を建築し、面積は全体として二割程度減少したものの、その外観や各部分の形態にそれほどの変動がないのであるから、従前の建物である第一物件と移築後の建物である第二物件とは同一性があるものと認めることができる。
従つて、第一物件は建物としての同一性を失わずに第二物件として存続しているというべきであつて、第一物件が前記解体移転のための取りこわしによつて滅失し、第二物件が新築されたものとすることはできない。
そうすると、前記取りこわしを原因として第一物件についてなされた滅失登記は、建物が滅失しないのにかかわらず滅失したものとしてなしたものであつて、実体の伴わない無効な登記であり、又、第二物件について前記新築を原因としてなされた表示登記(表題部の登記)も、実体のない無効な登記であつて、いずれもその抹消登記をなすべきものといわなければならない。
三ところで、第一物件については、登記簿上二棟二個の建物とされているが、前記移築当時の実態は一棟一個の建物となつていたことは前記認定のとおりである。
被告は、この点をとらえて、二棟二個の建物が合棟して一棟一個の建物となつたのであるから、従前の二登記用紙から一登記用紙に記載しなければならず、この場合登記実務上は、従前の二棟二個の建物(第一物件)については滅失登記を、合棟後の一棟一個の建物(第二物件)については表示の登記をする扱いになつており、仮に前記取りこわしを原因とする第一物件の滅失登記を抹消(回復)しても、合棟による滅失登記を実行することになるから、原告が主張する第一物件の滅失登記の抹消登記は許されない、と主張する。
たしかに、二棟二個として登記されていた建物のそれぞれが独立性を失い一棟一個の建物となれば、従前の二棟二個の登記関係は一不動産一登記用紙の原則(法一五条)に反するので、そのままでは維持しえなくなり、一棟一個の登記関係に移行しなければならず、登記実務上の処理として被告主張のような方法がなされていることも認められるところであり(昭和三八年九月二八日民事甲二六五八号民事局長通達、同三九年三月六日民事甲五五七号民事局長回答)、又、表示に関する登記は、それが不動産の現況を公示するためになされる登記であることからすれば、その登記が現在の不動産の状況に合致していれば一般的には有効と解されるところである。
しかしながら、登記手続上の処理として、合棟の場合も取りこわしの場合と同様に建物の滅失として扱う前記登記実務の処理が行われるとしても、合棟の場合には、取りこわしの場合とは異なり、従前の建物は物理的には滅失していないのであつて、それらの上に存在した抵当権等の権利も消滅していないものというべきである(この点から前記登記実務の処理について批判のなされるところである)。
そうすると、本件において、第一物件に抵当権者として登記されていた原告としては、自己の抵当権登記を回復し、かつ第二物件の表示登記後になされた第三者の抵当権等の登記の効力を消滅させる必要があり、そのために、第一物件の前記取りこわしを原因とする滅失登記及び第二物件の前記新築を原因とする表示登記の各抹消登記を求める利益があるものといわなければならない。原告主張のこれらの抹消登記がなされて第一物件の登記が回復されれば、後日、前記合棟を原因として第一物件の滅失登記がなされたとしても、右合棟後の建物について新たになされる表示登記には、第二物件の前記表示登記後になされた第三者の抵当権等の権利の登記はなされていないのであるから、原告の前記各抹消登記を求める利益は失われるものではない。
四以上のとおり、前記取りこわしを原因とする第一物件の滅失登記及び前記新築を原因とする第二物件の表示登記(表題部の登記)は、いずれも実体のない無効の登記で、その抹消登記をなすべきであり、原告の本件各登記申請を法四九条二号、一〇号に該当するとして却下した被告の本件各処分は、いずれも違法なものであり取消を免れない。
よつて、原告の本訴請求をいずれも認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(林義一 河田貢 三輪佳久)
第一物件目録
神戸市生田区元町通壱丁目四八番地の弐所在
家屋番号同町弐八番
一、木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建店舗
床面積 71.60平方メートル(弐壱坪六合六勺)
同所所在
家屋番号同町弐八番の壱
一、木造亜鉛メッキ鋼板葺弐階建店舗
床面積
壱階 79.80平方メートル(弐四坪壱合四勺)
弐階 47.33平方メートル(壱四坪参合弐勺)
第二物件目録
神戸市生田区元町通壱丁目四八番地弐、四八番地参所在
家屋番号四八番弐
一、木造亜鉛メッキ鋼板葺弐階建店舗兼居宅
床面積
壱階 119.69平方メートル
弐階 48.54平方メートル
第一登記申請事項
登記の目的 滅失登記の登記抹消
原因 錯誤
抹消すべき登記
昭和四四年九月四日取毀を原因とする滅失登記(受付昭和四四年壱弐月壱八日)
権利者 大阪市西区靱壱丁目六四番地
(現町名大阪市西区靱本町壱丁目六番弐壱号)株式会社大阪相互銀行
義務者 神戸市葺合区琴緒町弐丁目壱〇番地
旧商号 株式会社大津屋
現商号 萬栄商事株式会社
第二登記申請事項
登記の目的 表題部の登記抹消
原因 錯誤
抹消すべき登記
昭和四四年壱壱月壱八日新築を原因とする表題部の登記(受付昭和四四年壱弐月壱八日)
権利者 大阪市西区靱壱丁目六四番地
(現町名大阪市西区靱本町壱丁目六番壱弐号)株式会社大阪相互銀行
義務者 神戸市葺合区琴緒町弐丁目壱〇番地
旧商号 株式会社大津屋
現商号 萬栄商事株式会社